イヌも食わない、イノシシも避ける
 



いよいよ今年も押し迫り、
とはいえ まだ序盤のうちなせいか、
師走とはいえ、さほど慌ただしいとも思えぬ空気のまま。
何の、そろそろ真剣に構えねばクリスマスもお正月もない身となるぞと、
管理職の皆々様は配下への叱咤激励を加速させつつあるものの、
北国はともかく本州平野部などでは この時期にまだまだ妙に暖かな気候であるためか、
雑踏をゆく人々の足並みの速度もゆったりしたもの。

 “観光地だからってのもあるんだろうけど。”

都心のオフィス街や主要路線駅の周縁の商業エリアと違い、
ヨコハマ港を眺めながら散歩できる、緑地公園を巡る遊歩道。
いわゆる“インスタ映え”するよな奇抜カラフルなものはないから、
賑やかしい若い子らの姿もなくの、それは長閑な公園でしかなく。
そんな中をのんびりした歩調で歩む、背高のっぽな探偵社員。
まだこれでいけるかなというたらんとした砂色の長外套に、
腕まくりをした前腕や首元には痛々しくも包帯が覗くものの、
特に重篤な負傷でないものか、本人は飄々としたもので足取りも軽やか。
そこへ加えて類まれなる端麗な風貌をしているせいだろう、
たまたまこんなところに居合わせた珍しいクチのうら若き女性グループが、
彼に気づけば ぱぁと頬を染め双眸を見開いてしまう。
地方から出てきた子たちか、
銀幕のスタァでも見たかのような、興奮のあまり 声も出ないままという様相なのへ、
なかなか純情な反応なのが微笑ましくて。
視線をちょっとの間ほど合わせたまま行き交いつつ、最後にふふっと頬笑んでやれば、
とんでもないこと口走らぬようにか、そろって両手で口元を覆って見せ、
すっかり通りすぎた彼の背へ、
微妙な時差付きで“きゃあvv”という嬌声が降りそそぐのもいつものこと。

 “可愛いねぇvv”

自分が多少は見栄えがいいということも、
薄っぺらな自惚れとは違う次元で把握している彼であり。
隙あらばと人へ付け込む裏社会に幼いころからその身を置いていた名残り、
そういうところも駆け引きに使える手札と意識し、
今もたまに 頑なな女性の口を割らせるためなぞに有効利用するほか、
厭味な謙遜をするよりはマシだろと、処世術の一つとして軽佻浮薄なプレイボーイぶっており。
そうやって“軽い人性なのだよ”という素振りを振りまいておきつつ、
そのくせ ある程度以上はそれこそ頑なに踏み込ませないところが罪な御仁でもあるのだが。

 “…おや。”

かさこそクシャリと、足元に転がってきた少し大きめの枯葉を靴先で突っつき、
何処の街路樹から落ちたものかと顔を上げれば、
前方進路に見知った顔がいる。
黒い帽子がトレードマークの、泣く子も黙ろう裏組織の大幹部様が、
何の用でだか 配下との連絡のための待ち合わせか、
やや冬枯れが始まっている茂みに沿うた遊歩道の一角、
車止めの柵に凭れる格好で立っており、表情から察するに妙に機嫌がいい様子。
どうしたんだろうか、実入りのいい仕事でも、気持ちよく終えられたとか?
掃討作戦が控えてて今から血気にはやって…というほどの貌じゃあないけどなぁ。
社畜だからそういう方向で機嫌がいいというのはさもあらんだが、

「どうしたんだい? 普段なら道の端と端に立った時点で警戒してくる君だろうに。」
「…っ!! わっ!」

こっちが唐突に現れたように感じたか、それだけ腑抜けになってたらしい素敵帽子くん。
すぐ傍らまで寄ってから声をかけられて やっと察知したついでに
後ずさりしつつ仰け反るほど大仰に驚いて見せ。
大層な上背をひけらかす相手を見上げることで、
やっとのことこっちの素性を察し、ちっと舌打ちしかかったものの。
細い眉をピンと立てての、いかにも うぜぇという顔ながら
日頃のように景気よく まくしたてるでもなく、
用はねぇんだとっととどっか行けとがなるでなし、
鬱陶しいと言いたげに“しっしっ”という仕草をするでなし。
むしろ、眼中にはない扱いで意識を逸らすと、
そのまま物思いに打ち沈み、じわじわ口許弛ませる不気味さよ。

 “おいおいおい。”

この自分が言うのも業腹だが、
それなりに気を遣った上等な外套にセミフォーマルっぽい黒スーツという
小じゃれた身だしなみの、しかもそれなり整った面立ちをした成年男子。
あらと視線を向け、そのまま見惚れるご婦人もあるものの、
脳内回想による思い出し笑いに そのご尊顔がややほころぶのを一体どう誤解するものか、
連れと肘でつつき合う子まで現れるようだから始末に終えぬ。
だらしない顔だと笑われているだけならいざ知らず、
あれってアタシに気があるのかもvv なんて、
とんでもない誤解を生んで突撃でもされたらどうすんだ、こんの隙だらけ幹部。

 「どうしたのだと訊いているんだがね。
  何なら不審者として駐在所へ通報しようか?」

駐在所だの通報だのというフレーズにはさすがに冷や水レベルの効果があったか、

 「ああ? 密告者に成り下がるのか、探偵さんよ。」
 「正統なる市民の義務だ。」

再び迷惑そうなしかめっ面になって元相棒を見上げて来たものの、
それへといかにもな返答をされ、むうと口許をひん曲げた幹部殿。
帽子を手に取って胸元あたりに見下ろしつつ、
ぽそりと口にしたのが、

 「いや何。敦が。」

ああ、やっぱりかと、そこは太宰にも薄々の察しはついていたため、
声なんてかけなきゃよかった、まったくと、
ついのこととて はあという溜息を落とす。

「敦くんが可愛いって? はいはい、よかったね」
「おうよ、しかもだ、昨日は何と俺に焼きもちやいてくれてよ。」
「は?」

今までだったら、
取り引き相手や みかじめ料を収めに来た恰好の
ちょいと華やかな見かけしたクラブのママといるところなんぞ見かけたなら、
何やら誤解しかかっても 相手のいかにも“女”って特徴には敵わぬとしょげて終わりだったものが、

「昨日はよ、
 あの人の方が可愛いですもんねなんて頬を膨らませてのそっぽ向いてよ。」

いやもう手がかかるようになって困った困ったと言いつつも、
そのお顔はやに下がっての笑顔全開。

「まあ そんな顔がまた可愛いったらなくってな。」

以前の俺だったら、どんな相手でも そんな拗ね方されりゃあ、
俺を振り回す気か、面倒な奴めって脱力しての肩が落ち、
それで一気に関心も気持ちも冷めてたもんがよ、

「何だこいつ、拗ねるとこんな可愛いのかって。」

半日も前のことだし、
それから宥めすかして機嫌直してもらって、
どっちの気分もすっかり落ち着いたってのに。
何かの拍子、思い出してはにやつきが収まらぬと、
朝一番からこっちのずっと、ついつい思い出し笑いをしていたらしく。

 「…砂吐いていいかな、此処で。」
 「ああ"? 何か妙なもん食ったか?」

うん。今ここで惚気玉のデカいのを…。





   ◇◇


冗談が通じなかった全くもって無粋なまっくろくろすけ帽子つきを伴い、
路上で漫才のパフォーマンスもなかろと、とりあえずこじんまりとしたカフェへと場を移す。
路面店ではなく、やや路地に入ったすぐのところにモーニングのメニュー板を立ててた小ぶりな店だが、
それでも午前の陽はやわらかに差し入ってシックな趣味に整えられた店内の空気をイイ感じに温めている。
常連らしい何人かが新聞片手に珈琲を飲むカウンターは避け、
壁際に数席設けてあるテーブル席に着き、トーストとゆで卵添えサラダが付いてくるモーニングを頼むと、
手際の良さそうな少女がそれはさっさかと運んで来てくれて。
栗色と亜麻色の混ざった髪をうなじに束ねた小柄な彼女は、
装いから体格から雰囲気から何から何までタイプの違う成年男性二人をちらと見やると、
レシートプレートを置いてそそくさと厨房へ掛け去った。
耳の縁が随分と赤かったのは今朝はちょっと冷えてたからだろうと解釈し、さて。

 「敦くんの方は随分とご機嫌だったから気が付かなかったけれど。」

ややこしい揉め事とか愁嘆場に引っ張り込んで泣かしたら ただじゃあ置かないからねと、
一応の念押しをする。
過保護と言いたきゃ言えばいい。何せ相手は夜の街を仕切るマフィアだけに、
例えばあのいけ好かぬロリコンだぬきが誰ぞを操るための駒にと勝手に釣り出さないと誰が言えよう。
しかも、こやつといいあの子といい、
誰ぞの立場を思って自分が我慢すりゃあいいのだなんて考え違いを あっさりしかねないから始末に負えぬ。
自分がそんな格好で庇われたらどれほど歯がゆいかと置き換えてみないお馬鹿さんたちを、
先に察した上で間近で苦々しく見てなきゃならないこっちこそ大迷惑だというに、

 “…きっとあの子はそんな私を 優しいとか更なる誤解してしまうのだろうけど。”

まま、彼が格別やに下がっているのも判らないではない。
小さいなりだが 泣く子も黙ろうポートマフィアの五大幹部殿がぞっこんな虎の少年は、
素直で廉直な反面、まだ時々自信のなさげな貌を覗かせ、
ついつい自身の言いようへ相手の表情が険しくならないかへ過敏になり、
相手の機嫌を窺ったり、何かにつけ腰が引けた態度を取りもする。
誰だって徒にコトを荒立てるのは避けるものだし、
あの子の場合、
自分は誰にも必要とされてなんかないと それは強烈に刷り込まれてもいるため、
いかにもという空気読みはしないが、それでも相手の態度を窺う癖は抜けきってはない様子で。
ついのこと、真摯な顔で話を聞いていると、たまに及び腰になられ、
真剣に聞いておればこそ笑いもしないでおれば、おどおどと困ったような顔をする。
入水すれば果敢にも掬い上げ、ついでに説教までするよになってるくらいだから、

 “今更 私を怖がってはおるまいが…、”

そうまで親しんだ今更 見放されると辛いというところかなと、
太宰としてはそんな程度のものであろうと把握しており。
それもまた処世術ではあろうが、何につけ度を越すと逆効果というものだし、

 「成長ではあるよね、確かに。」

自分の周囲へ随分と腰が引けてた子が、
一番見放されたくなかろう君へもそこまで甘えられるようになったのは進歩だと、
そこははぐらかさずに言ったらば。
思いの外に深みがあってうまい珈琲だったのへ“お?”という顔をして見せてから、
それは置いといてと切り替えるかのように ふむと勿体ぶった息をつき、

「あらたまったように言うよな、」

人を観察する目は確かにあろうが、
そういう筋の話をしみじみ口にするなとしょっぱそうな顔になり、

「手前なんざ芥川がそうだったから心当たり大有りだろうが。」
「え?」

数年前までマフィアにいて、直々にあの青年の教育係だったころ、
どれほど手ほどい折檻しまくってたか忘れたかと、
げんなりした顔になって言うものだから。
それこそ心外だねと太宰がひょいと肩をすくめた、

「いやいや、あの子は今でこそ素直な態度になってるが、
 かつては何をするにもドヤ顔だったけどね。自尊心強い子だったし。」

そうと返すと“はあ?”と意外そうな顔をされたが、

「今は敵対組織の人間相手の手前へ、ああまで節度ある態度取ってる奴なのにか?」
「君こそ何見て言ってるものかな。
 それは今の話だろ?
 曾ての“部下見習い”だったころ、どれほどポンコツだったか知らないのかい?
 私があれこれと策を弄した上で何人かおとりに逃がせとか、
 証言取るから一人か二人ほど生かしとけと言った指示をどれほどなかったことにされ、
 半月かけた駆け引きを一晩で潰されのしゅっぱい策にされた例がどんだけ…」

しかも、それぞれの説明を請うと、
胸張って最善を尽くしましたと揺ぎ無く報告してくるのだから困ったものだと続けかけ、
最初はこちらの勢いに押されてか目を見張っていた中也が、
だがだんだんと面白いもの見るような顔になって口許を綻ばせてしまう。
それに気づいた太宰もまた、う…と口ごもっておれば、

 「そうか、あの頃からして素直じゃあない師匠だったってわけか。」
 「うるさいなっ。」

冷徹で素っ気ない効率主義と見せかけて、
あの当時から 実は実は効率よりやや優先して
あの愛弟子くんをちゃんと見守り、大事にしていたらしいと、
それもこっちがほぼ何も言わないうちから 自爆したような物言いで零してしまった醜態へ。
当人からして表情を狼狽に引きつらせているのが愉快でしょうがない。

 “まま、こいつのこういう顔は最近結構見てるがな。”

他人の恋路を案じる先達を気取っているが、何の何の、
時折焦ってみたり、不意打ちされちゃあ挙動不審な態度だって取っており。
似たような相手へ似たような状況にあるには違いないと、
苦笑交じりに美味い珈琲を堪能するマフィア幹部殿である。
ドアの上、換気用の細い窓から差し入る光が
いかにも長閑な彩りとして
彼らのついた胡桃色のテーブルへ縞模様を描いていた、とある冬の朝の一幕。





     〜 Fine 〜    18.12.11.


 *円盤観てて間が空きました。(アハハハハ…)
  ついでに銀盤のお話からちょっと戻ってみましたよ。
  通常運転の彼らはこんな感じでいる様子です。
  結構バタバタしておりましたので、、閑話休題というところかな?

  余談ですが、女護ヶ島の太宰さんの場合は、
  マフィア在籍中に中也さんへさんざん惚気てた設定ですんで、
  むしろ、その裏表を何とかしろという方向で拳骨降らされてたかもしれません。
  そいで、いちいち殴られては詮無いと、織田作さんへ惚気る相手を変えてたとか。
  あ、こっちの織田作さんも女性になるのかなぁ?
  男性だと のすけちゃんますます誤解して憎たらしいと嫌わないかなぁ。
  (あ、二人とも“のすけちゃん”だ。笑)